「みなし保育士」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、国家資格である保育士資格を持たないにもかかわらず、特定の条件下で保育士として見なされ、保育所の職員配置基準に算定することが許される人材を指す。この制度は、深刻化する一方の待機児童問題と、その根底にある慢性的な保育士不足を解消するための、いわば緊急避難的な措置として導入された。都市部を中心に保育所の整備が追いつかず、子どもを預けたくても預けられない「保育園落ちた」の悲痛な叫びが社会問題化する中で、国や自治体は苦肉の策として、保育人材の規制緩和に踏み切ったのだ。具体的には、幼稚園教諭の免許を持つ者や、看護師、保健師などの資格を持つ者、あるいは自治体が定める子育て支援員研修を修了し、保育現場での豊富な実務経験を持つ者などが、みなし保育士として認められるケースが多い。この制度の最大のメリットは、保育の現場から離れていた潜在的な人材を掘り起こし、即戦力として活用できる点にある。これにより、保育所の定員枠を拡大し、一人でも多くの待機児童を受け入れることが可能になる。働き続けたいと願う親たちにとって、それはまさに一筋の光明と言えるだろう。しかし、この制度は諸刃の剣である。その影の部分に目を向ければ、日本の保育が抱える根深い問題が浮かび上がってくる。最も懸念されるのは、保育の質の低下である。保育士資格は、子どもの発達心理学、小児保健、食と栄養、障がい児保育、保護者支援といった、多岐にわたる専門的な知識と技術を習得した証だ。子どもたちの心身の健全な発達を保障し、時には命を預かるという重責を担うためには、これらの専門性は不可欠である。資格要件を緩和することは、この専門性を軽視し、保育の質を揺るがしかねないという批判は根強い。実際に、現場からは「子どもの発達段階に応じた適切な関わり方が分からない」「保護者への専門的な助言ができない」といった、みなし保育士のスキル不足を指摘する声も聞かれる。また、この制度は、正規の保育士の労働環境をさらに悪化させる一因になり得るとの指摘もある。ただでさえ低賃金、長時間労働が問題視されている保育業界において、より安価な労働力としてみなし保育士が活用されることで、正規保育士の処遇改善が後回しにされ、専門職としての地位がますます脅かされるという懸念だ。結果として、保育士を目指す若者が減少し、保育士不足がさらに深刻化するという悪循環に陥る危険性もはらんでいる。みなし保育士制度は、待機児童という目の前の火を消すための特効薬のように見えるかもしれない。しかし、その場しのぎの対策が、日本の保育の未来にとって劇薬となる可能性はないだろうか。根本的な解決策は、保育士という仕事の専門性を社会全体で正しく評価し、その価値に見合った処遇と働きがいのある環境を整備すること以外にない。この制度の存在は、私たちに保育の本来あるべき姿とは何かを、改めて問いかけている。